Hinaの海外奮闘記

2023年秋からリトアニアで博士課程留学中。2023年にイギリスの修士課程終了済。

海外博士課程合格までの1年間振り返り

 

はじめに

こんにちは、この秋からリトアニアの博士課程に進学しているHinaです。海外博士課程(海外PhD)留学をしている方はちょこちょこ聞きますが、リトアニア留学(しかも博士課程)はかなり珍しいのではないかと思います。

イギリスの修士課程に2年前に入った時は、博士課程に行くことをあまり考えていませんでした。2022年に日本に帰国してからのこの1年の動きを振り返ってみます。

ちなみにメールでアポ取った研究室は2つ、それとは別で研究室見学したラボは3つ、公募に応募して受かったラボは1/1です。

海外PhDのポジションは難しく10校以上に応募して普通(?)と聞くので、私は第一志望だけ応募してそのまま合格したレアパターンかと思います。

私のスペックですが、筆頭著者で論文を執筆したこともなく、学部時代の先輩が私のデータの一部を使って論文を書いてくださったので、共著が2つだけでした。大学の成績も底辺ギリギリでエリートとかでは全くないです。

 

ただしこれは私のかなり個人的な経験かつ、生物系&コネがかなり効いた例ですので、直接の参考になるかは…。こんな風に悩んで紆余曲折ありつつ、特にエリートでもない人でも海外PhD行ける(卒業できるかは…)もいるんだな〜と思っていただけたら幸いです。あくまで一例です。

この記事8千字超えてるのでご覚悟ください。

 

 

経緯

2022年8月〜海外PhD考え始めた時〜

2022年8月中旬に修論を提出し終えました。留学した方や卒論書いた方はわかると思いますが、もう本当に大変で、心身ともに疲弊していました。寝不足、腰痛、眼精疲労、薬の効かない頭痛…。冗談抜きで生きて提出できて本当に安心しました。

「地獄からの解放!!!」と思っていた私の中で、1つの感情が湧いてきました。

「これで修士終わりか…もっと研究してみたかったな…」

 

え!!!???自分でもちょっとびっくりでした。

でもなんでこんな感情が湧いたかというと

・イギリス修士は1年間、そして私はResearch Course(日本人が想像する大学院的な、研究がメイン)ではなくTaught Course(学部みたいにほぼ座学で数ヶ月だけ研究する)だったので、修士の研究期間は2ヶ月半しかありませんでした。

つまり、1ヶ月実験、1ヶ月半で修論書き上げというなかなかの鬼畜スケジュール。また、9月上旬には修論の口頭試験とクラスメートと教授たちの前でのパワポ発表(質疑応答あり)もありましたが、全て込みでも3ヶ月で終わりました(余談ですが、修論で口頭試験や発表会あるの珍しいらしいですね。他の大学だと提出して終わりのところが圧倒的に多そうです)。

 

私は修士課程に入れば、学部よりもっと深いこと学べて、少しは専門知識も論文の書き方も身について、専門性が身につくんじゃないかと思っていました。ところがどっこい、初めての海外生活、初めての留学、初めての英語環境で、1年間慣れるのに必死で、やっと生活にも英語にも慣れてきたところで、突然の修了。何かが伸びたというより、どうにか生き残って現状維持したという状態でした。

そのため「せっかく海外での生活や研究に慣れてきたんだから、もっとここで頑張ってみたかった」という思いが強く残りました。

折しも、そのタイミングで私は単位を落とし留年が決まり、目標としていたGraduate Route Visaを使ってイギリス就職することも叶わなくなりました。

(詳しい経緯は詳しくはこちら↓)

hina-survival.hatenablog.com

 

私はイギリス(というかロンドン?)がとても好きで波長があって、日本に全く帰りたくないほどでした。しかし、就職の道が絶たれたことで、思い切って、他の国を含めて海外PhDの道もいいな〜と漠然と考えだしました。

 

2022年9-10月 〜ヨーロッパ放浪中に研究室見学へ~

9月上旬にコースが修了しました。イギリスで就活することがなくなった一方で、色んな意味で不完全燃焼だった私は、ヨーロッパ各地に住む友人に会ってから日本に帰ることにしました。その時点では、もう一生イギリス・ヨーロッパに戻ってこれないかもしれないと思ったので。

1ヶ月ちょっとほど放浪しましたが、急だったので最初の2~3週間分しか宿やフライトの予定を入れていませんでした。その途中で、学部時代の恩師(推薦状も書いていただいた)に、ヨーロッパを巡ってから帰国するという報告と、何の気無しに「ちょっとPhDもいいかなって思ってます〜」というようなことを書きました。(←これが運命の分かれ道1でした)

すると恩師から、「せっかくヨーロッパにいてPhD考えてるなら、知り合いの研究室見学行ってみる?」という主旨のメールが。運良く予定は埋まっていなかったので、リトアニアスウェーデンの研究室見学をさせていただきました(←運命の分かれ道2)

どちらの研究室も魅力的でしたが、2022年時点ではPhDを募集していなかったので、一旦話は見学だけで落ち着きました。しかし実際にその国に行って研究室や街の雰囲気に触れられてよかったです。さらに、オンラインではなく対面だったことで、研究室や同じ階の研究者やPhDの学生と話したり連絡先を交換する機会があったのは、その後具体的な相談や研究室の裏話等を伺えて大変大きな収穫になりました。

研究室見学に行ったスウェーデンの大学

研究室見学後に訪問したリトアニアの旧市街

また、大きな出会いが日本人研究者の先生と知り合えたことです。先生との面談前に、休憩室のようなところで座っていると研究室の院生の方が気さくに話しかけてくださいました。

私が海外でのキャリアに迷っていると知ると、「そういえば日本人の研究者が別の階の研究室にいるよ!」とわざわざ違う研究室の人に聞いてくれて、連絡先を教えていただきました(←運命の分かれ道3)

その方から、大変有益なアドバイスをいただきました。

・日本人が海外PhDに行くには2通り道がある。

 ①研究室の公募に応募する、そうすれば、特に北欧系は生活費がもらえて授業料払わなくて済む。おすすめ。

 ②どうしても行きたい研究室にアポ取って、自腹で授業料切るか、日本の奨学金を持って、自分で自分の生活費と研究費は賄うので研究させてくださいと言う。

・どちらにせよ、前もって行きたい研究室にコンタクトを取っておくのは有効。公募の情報とか知らせてくれたりするから。

できれば公募目指して欲しい。日本の奨学金だと円安で賄えないこと多いし、行くからには「なんとか雇ってください」より向こうから「来てください」と言われて行った方が立場とかも自分の自負とか、お金とかの面で断然よい

とのことでした。このアドバイスで、修士留学でお金を使い果たした私は、「北欧よりのヨーロッパ各国の公募のPhDポジション」を狙うことにしました。

大好きなイギリスの大学を狙わなかったのは、IELTSの要求が高い( 基本7.5とか8とか)・学費が莫大(北欧と違いfull-fundedのポジションがあまりない)・生活費高いからです。

 

2022年10月中旬-1月 〜帰国後体調悪くて寝込む〜

少し未来に希望が見えましたが、帰国後、ずっとだるくて眠くて体が全く動かせず、一日中寝てばかり、食欲も湧かない生活になりました。最初は時差ぼけかと思っていましたが、全く良くならず、病院3つで精密検査を受けましたが異常はなし。しかし現実問題として全く動けないので仕事もできず。

今思うと、バイブスが合ったイギリスを離れることや単位を落としたショック、ヨーロッパ放浪の旅の疲れや冬季鬱とかが混じっていたのかもしれません。なんとか落とした単位の分の試験を受けたのが12月で合格の結果、つまり卒業できるという連絡が届いたのが1月でした。

ちなみに自己判断で使ったビタミンEと補中益気湯という漢方でだいぶ楽になりましたが、たまたま治るタイミングだったせいなのかも不明で、医学的根拠はありません。

とにかく久しぶりの日本が本当に無理で、波長合わなくて、毎日ここから早く出たいと思っていました。私、日本の社会と価値観とか合わないんです、hahaha。

 

2023年2月-4月 〜アルバイトしつつ公募見つつ海外就活も〜

体調が少し安定してきたことで、元々の現場仕事は無理でしたが事務系のバイトを紹介してもらい、少しずつお金を稼ぎ出しました。留学していたことで、たまに割りのいい英語バイトもできてよかったです。

私は日本の国家資格持っていて選ばなければ生きていけるかな、と思っていたので、そういう意味でも今年の秋までゆるゆる頑張って、無理なら日本で働こうと思ってました。たぶんこれは精神的にもとても大きかったと思います。日本が合わなかったので海外の大学出て資格取ればよかったと思うこともありますが、何かあったとき母国で使えるスキルって強いと思います。

しかし、この時期に今年の秋からの海外PhDの募集はあまり出ておらず、また修士時代の友達から、「うちの会社、1年間有給インターン募集してるよ〜」といわれたことから、地味にシンガポール就活とかもしてました。結局音沙汰ありませんでしたが。

しかし、その課程で、国にこだわらずに色んな募集を見ていたので各国のビザシステムとかの違いも少しわかりました。

ちなみに、私が色んな人から教えてもらって、生物系研究職の海外就活や海外PhDの公募でチェックしていたのは

Twitter

LinkedIn 

Facebook Group

狙っている大学・団体のJob Board

Jobs - academics.com

Jobs & Funding | EURAXESS

Browse science jobs | Nature Careers

Science Careers | jobs | Choose from 1,426 live job openings

Portail Emploi CNRS - Toutes nos offres de recrutement scientifique, technique et administratif

です。

特にTwitterおすすめです。海外だと本名の研究者アカウントとして使っている人が多くて、仲間内でRTもしているので、良質な公募情報が手に入りやすいです。気になる研究室や研究者、学会グループ等フォローしまくりましょう。

2023年5月上旬-6月下旬 〜現在のポジションの公募を発見〜

そんなある日、TwitterでPhDの公募が出ていました。というかTwitterにしか出てませんでした笑。

私にドンピシャな分野・指導教官はイギリスの大学でした。そして、2国間のコラボプロジェクトで、滞在先の研究室はまさかの私が10月に挨拶に行った研究所でした。しかも締め切りは明日!(←運命の分かれ道4)

これは逃してはならないと思って、すぐにメールしCVを送りました。私はその時はそのイギリスの先生は存じ上げませんでしたが、メールに「リトアニアのその研究室はこの前訪問しました」と書きました。

募集テーマがまさに私が学部時代にしていたことドンピシャで、応募者の中で自分が1番この分野に精通している自信がありました。人気の分野というよりかなりニッチな研究分野でしたし。そして、落ちるなら私より実績のある研究者で、なんなら知り合いの知り合いくらいの近しい人ではと思っていました。そのくらい自分の専攻分野だったんです。

しかし…その後1ヶ月返信がなく、私は落とされたと思いました。

しかし、6月になって、その先生からメールがきました。

「50人以上から応募がありましたが、あなたが最終選考5人に残りました。選考を受ける意思があれば連絡ください」と!!

びっくりしましたし嬉しかったですが、なんとそのまま面接なしで6月中には書類選考して結果がでるとのこと。不安な気持ちで過ごすことになります。

そんな中、連絡を取っていた別の大学の先生から、「雇えないけど、日本の奨学金が取れればいつでも歓迎するよ」と言われました。今後の目処が立たない中で、今年の秋から始まる日本の奨学金争奪戦に参加するべきかな〜とぼんやり考え始めました。あとは、7月からのイギリスワーホリ(イギリスの場合、正しくはYMS)争奪戦に参加しようかしら、とかも(ワーホリに受かれば条件としては卒業後ビザと同じ条件です)。

 

だが、しかし!!6月末になっても合否通知が来なかったのだ!!どうしよう。

 

2023年7月 〜イギリスの卒業式出席と研究室訪問〜

そんなとき、留学でお世話になった先輩と会う機会が。そのことを話すと、「結果出てなくてもいいから、イギリスの卒業式に行った時ついでに先生に会ってくれば?絶対その方がいいよ、そのときは落ちてても、訪問したほうがやる気見せられるし、実際話すことで別のチャンス紹介してもらえるかもだし!」というありがたいアドバイスをいただきました(←運命の分かれ道5)

さっそくメールで連絡すると、先生が会ってくださることに。卒業式でロンドンにいくついでに、日帰りで研究室見学に行くことになりました。

研究室に行くと、先生は快く迎えてくれ、院生の人とも話せました。話してみると、私の学部時代の研究分野を深く掘り下げるような内容のようでした。紙で研究計画書を読んだだけより、ぐっと研究内容への理解が深まりました。

先生は選考が遅れていることのお詫びと、来週には決まるということを話してくれました。次の週でリトアニアに行って向こうの人と最終選考をするとのことでした。

そして次の週、私が正式にイギリスからの博士課程の学生としてリトアニア側に推薦されたという連絡をもらいました。

また、これは全くの偶然でしたが、卒業式で久しぶちにあったコースメイトにPhDの選考中であることを話すと、イギリスの先生を直接知っている子がいて、色々とアドバイスをもらえました。ラッキー。

余談ですが、イギリスの卒業式は数ヶ月〜1年後にあることがほとんどで、ヨーロッパ内にいないと時間もお金もかかり難しいかもしれません。しかし、一生の思い出ですし、対面で会ったからこそのこのような新たなコネクション作りにもなるので、可能なら行くことをおすすめします。

イギリスの卒業式

2023年8月-9月 〜リトアニア側の最終面接と合否連絡〜

正式に推薦されたと言っても、私の所属はリトアニア側なので、そちらの組織からも承認をもらわなければなりません。ここ、普通のPhDとは少し選考方法違うかもしれませんね。

IELTSの試験がない代わりに英語力は英語でのインタビューで確認されるとのことでした。私は日本なのでオンライン参加。

面接にはコース長(私が研究室見学で挨拶した先生)の他、他分野の先生など組織の選考委員の人が来るとのことでした。面接前に推薦状や成績証明書などの提出が必要なのでそれら書類も集めていました(リトアニアは他国の学位は専門機関で認めてもらう必要がありその手続きで1ヶ月ほどかかります)。このとき、研究室見学でよくしてくださった先輩がたくさん助けてくださいました。

インタビューの内容は「10分間で学部・修士の研究内容、スキル、PhD志望動機、PhDの研究内容をパワポで発表」ということでした。イギリスの指導教官とリトアニア側の技術指導の先生にアドバイスやリハーサルをしてもらいながら、9月上旬の面接を迎えました。

その間、「もう合格した時用にリトアニアの一時滞在許可証に必要な書類を集めたほうが良い」と言われ、並行して書類を集めてました。

面接は終始和やかな雰囲気で拍子抜けしました。研究内容なこれまでの経験についても詳しく聞かれましたが、もしかしたら顔合わせの意味もあったのかもしれません。

数日後の9月下旬に合格通知が来て、今に至ります。

 

まとめ

とまあこんな感じで今に至ります。

かなり運が作用している(私運は結構いいんです)感じはあると思いますが、私なりになぜそこまで優秀でない私がポジションを取れたのか分析してみました。

その結果なんとなくこうかな〜というのが以下3つです。

①コネ(共通の知り合いの存在)

②専門性の一致

③実際に(両方の)研究室訪問をしていた

イギリスにいて、結構コネ社会だなと感じたので、実際に研究室見学に「自ら」行っていて、ある意味面接済のような形になっていたのは、その他50名のライバルの中でもかなり有利だったのではと思います。また、偶然合った院生やスタッフとの繋がりもでき、その後相談に乗ってもらうこともできました。

また、研究分野も一致していて、研究に必要なテクニック(遺伝子解析やPCR等)は取得済だったのも大きいかと思います。実は、これも偶然ながら、内容としては学部時代の研究テーマに修士のスキルも使う形なので、今まで学んだことを活かせる形です。私も自分のスキルを伸ばせるし、また、志望動機も説得力がでたのではと思っています。

 

最後に

とまあこんな感じの私の1年間でした。底辺の学生ですが、やりたいという気持ちでここまで来てしまいました。ネットの世界では海外で研究をする人は全員優秀で、私なんか無理と思うこともあるかもしれませんが、こんな人もいる、って思い出してくれればと思います。

スカした綺麗事しか言わないエリートの体験談とか参考にならないしね(ド偏見)。修士の時より大変な荊の道に足を踏み入れるなんて自分でもびっくりですが、私みたいな人が居てもいいのではと自分を鼓舞して、新しい道でも頑張りたいと思います。

あと、矛盾するようですが、どう頑張っても上手くいかない時はスパッと諦めて別の道探すのもいいかと思います。そもそも留年して現地就職できずに海外PhD考え始めたので…。それに企業とか大学とか1つのことのことに執着しすぎないことも。そのために頑張るのはいいけれど、固執しすぎると他のチャンス逃す気がします。実際私は、海外PhDだけ考えてなくて、就活もしていたしワーホリとかでもいいかな〜ふわふわ〜って感じで、本当に行きたいポジションにしか応募しませんでした。でもおかげで、full-fundedポジションで好きな研究内容で、しかもイギリスとも関係あるプロジェクトの為普段の生活費は別の国で安くて、でもイギリスにはちょこちょこ行けそう、というベストなポジションを見つけました。こういうレジリエンス力とかふわふわ視野を広く持つこと、特に海外生活だと大事な気がします。

また、運命の分かれ道でお気づきかもしれませんが、私のその後に繋がったターニングポイントは、偶然出会って、何気なく手を差し伸べてくれた人たちのお陰です。この出会い自体は偶然ですが、私が実際足を伸ばしてコンフォートゾーンから出て行って、助けを求めたからなのかなとも思っています。初めて行く国に、女1人旅中に2~3日で宿も飛行機の手配もしてパッと行くの、すごく不安でした。でも覚悟を決めて研究室見学させてもらって今があると思います。こういうチャンスを逃さないフットワークの軽さ、大事だと思います。波が来たらパッと乗るというか。自分の弱さを恥ずかしがらずに曝け出すこと、とりあえず行動してみること、そして周りの人に感謝して今自分にできることを頑張ること。たぶんその先に、何か見えてくると信じてます。

ここでは書ききれませんが、匿名のネットの中、沢山の人が私の背中を押してくれました。ありがとうございました。助けてくれた人たちは私の何歩先を行っていて、私が直接助けてあげることはできません。恩返しできません。でも、だから代わりに、私も私のように悩んでいる人がいたら声をかけたいなと思っています。恩送り(?)ですね。

そういう気持ちがあってこのブログを書きました。

 

少しでもお役に立てたなら幸いです。

 

(おまけ)

海外に留学とか就職したことない人に限って「大丈夫なの?」とか「キャリアは?」とか足引っ張るようなこと言うので、そういう声は無視しましょうね。ちゃんと留学してきた人のアドバイスを参考にしましょう。